お侍様 小劇場

   “晩秋の訪のいに…” (お侍 番外編 97)
 


秋とは名ばかりで、いつまでもそれらしい冴えた風も吹かぬまま。
空の色こそ透明度も増しての、清かに澄んではいたものの、
酷暑だった夏の名残りか、
上着要らずの、良く言って“いい陽気”が続いていたものが。
ともすればそろそろ冬支度の話さえしたいほど深まってから、
一気にがくんと落差の大きい、いかにもな寒さが襲ったものだから。

 「ああほら、こんなに冷たくして。」

本人は支障無しと思っているらしいとはいえ、
一向に改善しない、それは冷たい次男坊の指先を。
どぉれと、あんまり変わらぬ肌目の白い手が捕まえて。
自分のすべらかな頬へと伏せさせる七郎次であり。
軽く伏し目がちにされた目許に、金の睫毛が淡い陰を落とすのを、

 「〜〜〜。///////」

文字通りの手が届くほど間近に見ることとなっての、
ああ何て綺麗なんだろおと、言葉を無くして見入ってしまう、
そんな季節がやって来て。

 “………。///////”

実際に語らないお人なんだからしょうがないとはいえ、
放っておいたらト書ばかりで終始しそうな二人が向かい合っているのへと、

 「ほれほれ、
  あまり手が温もると、今度は眠くなってしまうぞ。」

手を出しての無理から引きはがすような野暮こそしないながら、
それでも言いようで急かし立て。
母子のような二人が醸す、甘やかな空間をちょいと侵略。
すると、

 「あ、そうですね。」

指先や爪先が一気に暖まると、
全身の血行へも勢いがついてしまうんでしたっけ、と。
その辺りは知っていたからか、
うたた寝から そおと揺すぶられたかの如く、
伏せていたまぶたを上げる七郎次であり。
それでもゆるゆる、どこか名残り惜しげに手を離すのは、
心配している心持ちがどれほど深いか、
傍から見る者へも察せさせるには十分であり。
そんな彼なのへ、

 「急に寒くなったからの。」

心配なのは よく判るがと、苦笑をしたのが御主の勘兵衛。
それでなくても この坊っちゃんは、
自分から暑いの寒いの言い出さないその上、
態度のほうでも、ぼんやりするでなし、震えて見せるでなし、
一見しただけではなかなか判らせぬ性分をしておるからのと。
穏やかそうに微笑ったものの、

 「…………。」

自分だって変わらないくせにとでも言いたいか、
微妙な眇めようでの一瞥が、こそり飛んで来るのもまた、
好戦的な若者らしさが、いっそ心地がいいと思う壮年殿。

 “惜しむらくは……。”

関心をこちらへ寄せたいとの想いを競り合う対象の、
肝心な七郎次が、全く気づいていない鞘当てなので。
ある意味、エンドレスな不毛さなのが困りもの。

 「さ、それでは行ってらっしゃいませ。」

送り出しのセレモニーに時間を取るよになることで、
秋の深まりを実感しつつ、
今日は車で出勤の勘兵衛が、鍵束を片手に、

 「駅まで送るが。」

一応誘ったものの、ふるふるとかぶりを振って辞退した次男坊。
何もそこまで嫌っているからじゃあなくて、
それだと早く着きすぎてしまうから。
じゃあと手を挙げ会釈を交わし、
するするとなめらかに通りへ出てゆくセダンを見送り。
さてと、こちらも登校の途につく。

 「………。」

確かにほんの数日前と比べれば随分と寒い朝だったが、
いきなりのことと焦っての、
防寒具を引っ張り出さねばならぬほどでなしと、
日頃ととんと変わらぬ表情のまま、
背条伸ばして すたすたと、最寄り駅までの道をゆく。
実を言えば、久蔵はそれほど寒いのが苦手ではない。
生まれ育ったのが木曽の山の中であり、
ここいらよりもずっと底冷えのする土地にて
幼少期を過ごした身なので。
それに比すれば暖かい…とまでは言わないが、
先程、勘兵衛と七郎次が交わしていたやり取りにあったように、
身体の末端や首回りを特に暖めれば全身がすぐにも温もる…とかいった、
そういう防寒につながる知識も一通り授けられてあるし。
体を動かすことへの支障が出ぬようにと、
常に基礎代謝が下がらぬよう心得てもいるので、
寒さに負けて縮こまった覚えが、今までの人生の中には一度もない。

  “………。”

そう。とはいえ、なのだ。
七郎次からもたらされる温みは格別のそれであり、
案じさせるのは少々気が引けるものの、
寒くはないかと触れてくれるのは、正直に言って嬉しい。
あの柔らかな手で優しくいたわられるのは、夢心地になるほど嬉しい。
胸の奥で何かがぎゅぎゅうっと締めつけられてから、
その反動を得てだろう、体の隅々へぱぁっと甘い熱が放たれて。
その結果、気持ちも体もほこほこするのが幸せでしょうがない。
今日はそこまでせなんだが、
そんな七郎次の手のひらの上から、捕まえるように自身の手も伏せ、
小さく微笑い返したりすると、

 『なんですか?//////』

あらあらと意外そうに、だが、
青玻璃の目許をもっと和ませて微笑ってくれるのがまた嬉しい。

  それからそれから。

そんな彼らを苦笑交じりに傍らから見やる、
落ち着き払った島田からの、微笑ましいなという気配へと、
微妙に含羞む気配が匂い立つのもまた、
実を言えば 嫌いじゃない。

  “………。”

そう。七郎次が幸せなのなら、
島田と仲睦まじいこともまた重畳と、
思わぬではない久蔵なのであり、

  “………。”

これからだんだんと寒くなるのだ、
いっぱい暖かいものや嬉しいものが、
シチの周りに揃えばいいと、
今はただ、そうと思うだけだし、
そう思うだけで、不思議とこちらもほこほこ暖まる。

  “……、…。”

おっと…と、口許がたわみかけるのを何とか押さえ込み、
駅の改札をスルリと通過。
登校経路なぞ すっかりと身についているので、
多少は上の空でも構わぬが、
不審な言動はさすがに控えねばと、
いつもの列車に乗り込むといつものように窓を見やる。

  “………。”

通り一遍な想い合いでは敵わぬ絆、
何かと困難な境遇から、それでも培って来た彼らだと知っている。
そんな中でも、底知らずのやさしさに満ちている七郎次に、
いつもいつも幸せでいてほしいと思うようになったのは、
人を好きになるというのはこういうことなんだと、
理屈をすっ飛ばしての、
感覚というリアルさと深さで教わって来たからに違いなく。

  “………。”

島田をばかり優先されると、時には不満もつのる。
けれど、それは自分が未熟な証し。
それよりも、
そんな健気なシチだと、島田が気づいているかが肝要と、
この頃では想いようも変わりつつあって。

  「………と。お前、人の話を聞いているか?」
  「????」

二の腕を軽く掴まれ、え?と顔を上げれば、
いつの間にやらすぐ隣りには、剣道部の部長が立っており。
学校のある駅で降りかかった久蔵を、咄嗟に引き留めてくれた模様。

 「その様子じゃあ、その顔のまま寝こけてでもいたんだな。」

はぁあと嘆くような吐息をついた彼の言いようで、
ああとやっと今 思い出した。

 「まあ、今日のこけら落としのセレモニーじゃあ、
  俺たちは頭数合わせのエキストラみたいな扱いだがな。」

そう。とある武道会館の総合何とかホールで催される柔道の都大会へ、
どうしてだろうか、剣道部の彼らも招待を受けており。
彼らの顧問がそちらの主幹とは昵懇で、
その総合施設を後々には自分たちも使うこととなろうから、
下見も兼ねさせるのだろとか何とか、そういや言ってたなぁと。
今頃やっと思い出している、
相変わらずに表向きには呑気な剣豪だったりする。




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